本当にあった怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

所得隠しの個人銀行にホスト経営・裏金お預かりいたします

僕は某地方都市の敷地1千坪の豪邸に生まれた。父親は大学教授、母親が中学校の教頭、祖父も総合病院の院長…。典型的なエリート家庭である。
毎日5時間、週5日の学習塾通い。家に帰ってもきっちり予習復習で、おちおちTVゲームをやってるヒマもない。
そのかいあってか小、中学校を学年で1番の成績で卒業、高校も県下有数の進学校に入学した。親の思惑どおり、エリート街道をまつしぐらに進んできたというわけだ。
しかし、同級生と初体験を済ませた17才の夏、急にそんな生活がバカらしくなる。タバコと酒の味を覚え、不良連中ともつき合い始めた。いわゆる高校デビューというやつだ。
当然のように成績はガタ落ちし、テストの点数が掲示板の欄外に消えたところで、学校に両親が呼び出された。
「キサマ、なにをやつとるんだ!この恥さらしめ」
こつぴどく叱る父親に、その場は「スイマセン」と殊勝に謝ったものの腹の底では舌が出ていた。いつまでもアンタの言いなりってわけじゃないぜ。
ボストンバッグ一つで家を出た。行き先は「東京」。思いつく街は他になかった。
上京してまず転がり込んだのは、歌舞伎町のポーカーゲーム屋。ヤバイ仕事なのはわかっていたが、なんせ無一文の宿無し、寮付き日払いの職場で当座をシノぐしかなかった。半年ほどタコ部屋生活に耐えた後、4畳半プロなしのアパートを借り、同時にホストクラブに転職した。ここなら腕次第で千万単位の金が転がり込んでくる。本気でそう思っていた。灰皿の取り替え、店の掃除…。3カ月パシリをやってようやく初指名をもらった。
「よろしくお願いします。お名前よろしいですか?」
「サエコよ」
銀座の超高級クラブのホステス。25才の若さで月200万以上稼いでいるという。かなりの上玉だ。
「おきれいですね」
「一目惚れしちゃいましたよ」
口説き方もわからず、出てくるのは拙いセリフばかり。それでも女は、逆にこの素人臭さが気に入ったのか、店がハネた後、僕を外に連れ出した。
「あなた、ホストなんか辞めて私と一緒に住まない。お金なら私がどうにかするからさ」
翌朝、ベッドの中でサエコが言う。唐突な申し出だが、私生活は意外にわびしいのかもしれない。僕は何も考えずその誘いに乗った。豪華な1LDKのマンションで、家事手伝いをしながら、ブラブラ過ごす毎日。小遣いは1日5千円が彼女から渡された。
「アンタ、明日こそちゃんと仕事探しなさいね。さもないと放り出すわよ」
日がたつにつれ、サエコが不満を口にするようになった。が、もう人に使われるのはまつぴらだ。なんとか単独で金を儲ける方法を考えよう。それも大きな金を。僕は、民法や経済の本を必死で読み漁った。そんなものが現実世界で何の役に立つのだと笑われそ
うだが、勉強ばかりしてきた頭でっかちにはこのやり方しか思いつかない。
ファンドマネージャー、銀行の利子、銀座のホステスの彼女…
細切れだった事柄が一つの着想として実を結んだのは30冊を読破したときだ。そして僕はサエコにこう切り出した。
「なあ、客の名刺、見せてくれないか」
僕が考えたこのビジネスは、裏金を抱えた会社を探すところからスタートする。何も難しい話じゃない。どんな会社でも所得隠しは常識だ。
ただ、こうした金は、自らの交遊費や物品の購入に当てられるのが常。表に出せないため、ムリにでも使うしかない。
が、証拠も残らず利息までつく隠し場所があったとすればどうだろう。隠し財産を作りたい人間なら是が非でも欲しいに違いない。

もっとも、単純に金を預かっても意味がない。これを元手に何か商売を始めることが真の狙いだ。非合法ビジネスなら利子以上に稼げるに違いない。
個人の預金をプールし、ファンドマネージャーが運用する…。投資信託からヒントを得たこのアイデアに、僕は〃個人銀行〃と名前をつけた。
サエコには、商売のブレーン探しに一役買ってもらう。なんせ座っただけでン十万という超高級クラブのホステスなのだ。その名刺には、金と力を持ったVIPがズラリと並んでいる。とはいえ、課長部長クラスじゃ仕方ない。名刺の中からピックアップした輸入代理店の川崎、卸売り業者の田中、不動産屋の飯塚の3人は、いずれも自由に金を動かせるオーナー社長だ。
まずはサエコに、このうちの誰かが店に来たら携帯に電話するように頼んだ。
「川崎が来たわよ」
連絡を受ければ、タクシーに乗ってすぐ店に駆けつける。とりあえずその人となりを観察し、戦略を立てるのだ。川崎は周囲をチラチラうかがいながら飲むのが常だった。いかにも神経質そうだ。このテのタイプはリスクの高い投資に消極的なはず。パスだ。
ネクタイや背広が見るからに安物なのが田中。相当ケチなのだろう。コイッもパス。
残った飯塚は、神経質そうなところもなく、スーツも最高級品で、ホステスたちにもたんまりチップを弾んでいた。狙いはこの男しかいない。
ただ、サエコに飯塚を紹介してもらうのは考えものだ。ホステスが連れてきた男なんぞ簡単に信用されるわけもない。あくまで自然に知りあったというシチュエーションを演出するのがいいだろう。そこでサエコから連絡をもらい、必ず居合わせるよう心がける。こんな若造が銀座の高級クラブに通っているのだ。目立たぬはずがない。黙っていても顔を些早えるだろう。
週3日のペースで通って1カ月、機は熟したと声をかけた。

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「よくお見かけしますね」
「おお、君こそ、その若さでよくこんなところに通えるね」
どうやらまんまと狙いは的中したようだ。
「よろしかったら、ご一緒させていただけませんか」
「おお、来なさい来なさい」
この後も軽妙なトークをカマした結果、僕はことあるごとに六本木や赤坂の寿司屋へ呼び出されるようになった。
「実は金儲けのアイデアがあるんですよ。資金を出していただけませんか」
3カ月後のある晩、いよいよ本題を切り出した。が、馬鹿正直に個人銀行の話をしてもウサン臭がられるのがオチ。そこでこんな口実を使った。
不景気なこのご時世、企業は経費削減に躍起になっている。経費の調査などをメインに据えた経営コンサルタント会社を作れば相当儲かるに違いない…。
「で、いくら必要なんだ」
「とりあえず1千万ばかり足りないんです」
「わかった、キミがそこまで言うなら出してやる」
正直、ここまでスンナリOKが出るとは思わなかった。しかも翌日書かされた借用書を見て仰天。なんと利子がついていないのだ。このオッサン、よほど僕が気に入ったのだろう。
こうして僕は最低資本金で株式会社を設立…。と言いたいところだが、書類の書き方がさっぱりわからず法務局で門前払いを食らってしまう。後から税理士に頼んで無事に手続きを終えたが、このときほどこつ恥ずかしかったことはない。
池袋のマンションに事務所を柿えた後は、中小企業診断士を雇い入れた。経営コンサルティングが表看板になる以上、やはり専門家は必要だろう。
問題は客集めだ。本来なら、広告を打つなり、飛び込み営業をかけねばならないところ。が、せっかくのタニマチを利用しないテはあるまい。
「…というわけで、ちょっと知り合いに話をふってみて欲しいんですよ」
「世話のやけるやつだな。最初だけだぞ」
そのことばとは裏腹に、飯塚はジャンジャン仕事を紹介してくれた。1回の調査で数十万にしかならなかったが、人脈が拡がればそれでいい。そもそもこの客の中から個人銀行の預金者を探すのが狙いなのだ。
そんなある日のこと、飯塚に紹
介された洋品店の経営者とキャバクラで飲むことになった。
「どうですか。景気の方は」
「いやあ、まあボチボチってとこかなあ」
「またまた、かなり儲かってるんじゃないですか」
「でも税務署はヤクザよりえげつないからねえ」
間違いない。この社長、脱税している。
「実は当社では経営コンサルティングの他にも、こんな業務をやっているんですが…」
裏金に年利20パーセントという破格の利息。こんなオイシイ条件に飛びつかないはずがない。実際、社長は翌日に電話をかけてきた。「この前の話だけどね、300万
預けさせてもらうよ」
ところが、その舌の根も乾かないうちに、「いやあ、急な入り用ができちゃってね」と預金を引き出されてしまう。やけに額が少ないと思ったが、要するにコチラを試そうってわけか。
もちろん300万には利息をつけてきっちり精算。その後も激しい出し入れが続いたが、最終的には信用したのか、1千万を預けるまでになった。
まず調査の仕事を請け負い、経営者と懇意になる。時期を見計らって個人銀行の件を切り出す…。
この作戦はうまくハマリ、1年後には預金者が加入、預かり総額は5千万に達した。
彼らは揃って、それまで現金で裏金を隠していた。偽名で貸金庫や銀行の通帳を作るというリスク(マルサに「悪質な脱税」と見なされれば追徴課税の額が変わる)
を避けるためだ。

が、やはり自宅や会社に隠しておくのは怖い。愛人宅などもっての他だ(実際、愛人に持ち逃げされた人間も多かった)。そこへ登場したのが個人銀行だったというわけだ。
ただ、彼らには一つだけウソをついた。「いざってときは飯塚さんがケツ持ちですから」と安心させたのだ。歳が歳だけに、やむをえない手段だった。
これでタネ銭は出来た。後はこの金をどんな裏商売で運用するかである。
が、裏商売など選んでできるもんじゃない。どうやって物件を調達するか、どの組にミカジメを払うかなど、様々な問題をクリアするのが想像以上にやっかい。必然的にその業界に強力なコネクションが必要になってくる。
とすれば、選択肢はポーカーゲーム屋しかないだろう。実は、以前働いていたゲーム屋のオーナーが僕を子分のように可愛がってくれていたのだ。あとはどんな答が返ってくるかだが…。
「なんだオマエ、ウチのライバルになろうってのか。まったく、この恩知らずめ」
腹を立ててのことばじゃないことはすぐにわかった。
「ま、オマエの頼みじゃ仕方ないな。ウチのケツ持ちに話を通しといてやるよ」
数日後、オーナーに1人のヤクザを紹介された。幹部クラスだ。
「19才でポーカーゲーム機屋のオーナーか。大したタマだな」
笑いながらヤクザが言う。
「そんな、冷やかさないでくださいよ」
「ま、金さえ払えば面倒はみてやるって」
どうやらここでも僕は気に入られたらしい。話合いの末、売り上げの10パーセントを上納金として納めるという条件で決着。店舗は池袋のソレ専門のビルに加坪の物件を借り、15台のゲーム機を1台13万円で買い入れた。
夕刊紙の三行広告で店員の募集もかける。ただ、どこのウマの骨ともわからない人間にサイフは預けられない。朝番、中番、夜番の責任者だけは、田舎の不良グループから仲間を呼び寄せた。
客も、前記した幹部が、スナックのママや幹部の愛人といった上客を紹介してくれるという。そのうち捨て看板を見た一見客も入り出すことだろう。繁盛は約束されたようなものだ。
が、実際に開業してみると、なぜか売り上げが伸びない。もしや遠隔操作に勘づかれているのかと、台の設定任せにしたところ、徐々にリピーターが増加。気が付けば、1カ月の売り上げは3千万になっていた。
19才の若さでこの成功。満足するのが普通かもしれない。が、僕はこの金をさらに増やそうと考える。
そこで始めたのがホストクラブだ。昔の経験から、その世界がどれほどオイシイかは知っている。要はやり方次第だ。
ホストを集めるのは簡単だ。ワンランク落ちなら、報酬さえ弾めばいくらでも引き抜ける。連中は先輩ホストに客を取られているだけで、顔やトークがマズいわけじゃない。
店舗は、JR大塚駅のとあるスナックのオーナーに、閉店後以降、フロアを借りれるよう話をつけた。内装費と家賃を安くげるためだ。いわゆる2部制というやつである。
「オマエら、客が来たらまずサイフの中身を確認しろ。フルーツとかボトルでその金を根こそぎ抜くんだ」
店内に整列した5人のホストがざわつく。
「そんなマネしたらすぐ女の.が潰れちゃいますよ」
「くつにそうなったらなったでかまわん」
僕はこの店を始めるに当たり一つの戦略を立てていた。まず「生かさず殺さず」というこの世界の基本をムシし、一見の客から絞れるだけ絞りとる。当然、リピーターは期待できないし、店も大きくならないだろうが、それで構わない。突っ走れるだけ突っ走ってゲームオーバー。いわば、ホスト版ポッタクリバーを目指すのだ。
果たして、ヤシらの働きは想像以上だった。売り上げを店と折半という破格の給料(通常は30パーセント)もヤル気を起こさせたのか、ジャンジャン女を引っ張ってきた。
「ウチは安いのがウリだからさ、いくら飲んでも大丈夫だよ」
このことばを信じた女は、勘定を見てサッと顔が青ざめる。カードで払えなければ、翌朝サラ金で借りさせた。店の売り上げは1カ月2千万。あまりの出来過ぎに笑いが止まらなかった。
経営コンサルタント、ポーカーゲーム屋、ボーイズバー…。目の回るような忙しさに寝るヒマもなかった。
個人銀行の利用者は18人、預り金も1億を超えた。すでに元金が必要ないほど潤っていたが、向こうが預けてくるのだから仕方ない。
ちなみにこの金は、事務所の押入に隠していた。
半年後、ポーカーゲーム屋を畳み、3カ月ほど期間を開け、新しい店をオープンさせた。この世界、こうやってガサ入れをかわすのが常識だ。こちらは1500万ほど初期投資がかかったぶん、売り上げも池袋の1.5倍である。
このあたりで畳むハメになるだろうと予想していたホストクラブも一向に売り上げが落ちない。うまく行きすぎて自分でも怖いほどだった。
金の使い方もハンパじゃなかった。例えば、ホテトルで遊ぶときは、スイートルームからこう電話をかける。
「今、女の子、何人ぐらい出勤してるかな?」
「10人ほどですが」
「じゃ、とりあえず全員ここに呼んでよ」
女の子を朝まで貸しきり、それぞれ違った部分をナメさせた。キャバクラにも毎夜のように通った。全てのテーブルにドンベリを振る舞ったときは請求書に0が6つ並んだ。
女ばかりに金を使ったわけじゃない。高レートの地下カジノでは、一晩にウン百万を溶かすほどアシくなることもしばしば。ここには芸能一家で有名な某大物俳優もよく遊びに来ていた。
唯一面倒だったのは、世話になっている組が抗争で多くの逮捕者を出したことだ。電話番が足りずへ事務所に駆り出されたこともある。
「オマエ、組員にならねえか」
挙げ句の果てにはこんな勧誘まで受ける始末。ナニかと理由を付けて断るのに一苦労だった。
ビルを建て家賃収入で左うちわに暮らそうと大真面目に考えていた3年前、突然不幸が
やってきた。テレビが「不景気」「不景気」と大騒ぎしはじめた影響か、ポーカーゲーム屋とボーイズバーの売り上げが激減。結局店を畳まねばならなかった。
ときを同じくして、個人銀行にも一斉に引き出しがかかる。どうやら飯塚が、「オレとヤツは何の関係もない」と預金者にふれて回ったらしい。内緒にしていたことが逆鱗に触れたようだ。
「申し訳ありません。必ず金は返しますから」
3人の預金2千万がどうにも用意できなかった。あれだけ遊びまくってりや儲けた金など残っているわけがない。
ただ、トンズラは頭になかった。二度と東京に戻って来れないなら死んだ方がマシだ。
金を返すアテはない。さりとて逃げ出すわけにもいかない。いったいどうすればいいのだろう。
僕は藁にもすがる思いで管理売春に手を染めた。きっと冷静さを欠いていたのだ。今考えればそれは呆れるほどチャチなやり方だった。
まず調達した女の子に客を掴まえさせ、僕の自宅のマンションへ連れ込ませる。これなら乗り逃げやアブナイ目に合う心配もないので、彼女らにもメリットがある。
客から徴収する料金は3万円。
ホテル代込みと思えば、決して高い金額じゃない。このうち、1万円が僕の取り分だ。
ただし、プレイルームは一カ所(他のマンションは引き払った)だけ。女の子と携帯で連絡をとり合い、客同士がうっかりバッティングしないよう気をつけなければならない。
これと同時に、ポーイズバーの連中に出張ホストもやらせた。
が、結果は言うまでもなく惨敗だった。まず売春の方は、プレイルームが一つじゃ稼ぎにならないので、ラブホテルに変更したところ、すぐ女の子にバックしられた。用心棒がいないなら1人の方がよっぽど稼げるというわけだ。
出張ホストの方は言わずもがなだろう。埼玉のババァから1回仕事が入っただけだ。僕は2千万の借金を抱えて、途方にくれるしかなかった。
結局、僕は東京を離れ北海道に渡った。逃げたわけじゃない。知り合いの宝石商の仕事を手伝うことになったのだ。
きっと生来商才がある方なのだろう。ここでも僕はまた3千万の利益を上げる。おかげで借金もチャラ。近々、東京に戻り、また商売を始める予定だ。

※この記事はフィクションです。読み物としてお読みください。