本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

銀行強盗をやった犯人が犯行時の心境を懺悔告白

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毎年決まって新聞紙面を賑わす事件がある

金融機関を狙った強盗だ。いわゆる〈防犯カメラに映った犯人の姿〉は、もはゃ茶の間のお馴染みといってもいいだろう。銀行に押し入り、銃や刃物で行員や客を脅し、金を奪う。大それた犯罪である。

世間一般の常識からすれば、私利私欲に走った大馬鹿者以外の何モノでもなかるっ。しかし、かつての私は紛れもないこの大馬鹿者だった。借金に行き詰まった挙げ句、出刃包丁を片手にニ度も銀行を襲ったのだ。いま思えば、狂っていたとしか思えな発何かに取り恐かれていたと言ってもいい。事件から10年近くたった現在だからこそ話せる、私の愚かな体験の一部始終を聞いてほしい。
二度も銀行強盗を犯した男、といえば皆さんは、根っからの悪を想像されるかもしれない。しかし、自分で言うのも何だが、ごく平凡な人間だった。

愛知県名古屋市に生まれ育ち、地元の高校卒業後はツアーコンダクターの専門学校を経てPRビデオの会社に入社。その後は何度か転職したものの、人並みに結婚もし家庭を築いた。交遊関係も限られたもので、中学・高校の友だちか会社関係者ぐらい。間違っても、暴力団関係者など1人もいない。

しかし、犯罪に手を染めるからにはそれなりの理由があるのも事実。私の場合は少々遊び好きだったことが要因といえるだろうか。いや、誤解しないでほしい。ギャンブルや風俗に大金を注ぎ込んだわけではない。遊びといっても、同僚や学校時代の友だちと呑みに行くぐらいものだ。それぐらい誰でも行くだろ。と皆さんはそうおっしゃるに違いない。が、世の中には、誘われると断れない性格の人間がいて、私はその典型ともいえる男だった。

ー回の飲み代は4、5千円としても、これが週に一度、ニ度となれば使っ金もバカにならない。対して、一介のサラリーマンに過ぎない私が自由にできるのはーカ月に4万円がせいぜい。早いうちに所帯を持ったから仕方ないとしても、現実にはタバコと缶コーヒーを一耳えばー銭も残らなかった。では、足りない金はどうするのか。言うまでもなく、サラ金からの借金である。

足りないから借りる私にとっては、ごく自然な流れだった。しかし、これが過ちの始まりだ。根が小心な私のこと、借りたところで月に数万程度だが、もともと小遣いが少ないのだから、返済できるわけがない。そこで、返済のための金をまた別のサラ金で用立てる。どうせならとういでにプラス数万の融資を受ける。毎月がこの繰り返し。まさに絵に描いたような転落ぶりである。

しかし、借金が積もりに積もって200万、月々の利子だけで6、7万になっても、私はこの件を妻に内緒にしていた。何とか自分で解決しようという気持ちと、バレることへの恐怖。そう、私は人一倍、見栄と外聞を気にする男なのだ。
確実にやってくる返済日は心の底から恐かった。果たして、乗り切れるのか。それともついに破綻するのか。毎月が正真正銘の綱渡りである。

私は24才になっていたその年の暮れのある日。何気に開いた朝刊の社会面に郵便局に強盗が押し入り現行犯で逮捕された、という記事を見つけた。年の瀬にはよくある事件。普通なら斜め読みして終わりだ。が、そのときの私は返済のメドがたたない借金を抱えた身。自然、記事に釘付けとなった。

現場で取り押さえられるなんて、この犯人、相当マヌケな野郎だ。が、もし強盗が首尾よく逃げた場合、その後どうやって捕まえるんだろう。手袋すりゃ指紋も残らないし、防犯ビデオだって覆面していたら役に立たないはず。犯行現場から逃げることさえできたら、成功するんじゃないだろうか。

いつのまにか、私は、銀行強盗をして大金を掴むといつストーリーを頭の中で空想していた。どんな金融機関を襲うか、凶器は何を用意するか。
そしてその空想はやがて妄想に変わり、銀行を撃っという犯罪行為が、まるで私の人生を照らす一筋の光明のように感じられるようになっていった。今の生活から抜け出すには、銀行から大金を奪うしかない。
もっとしたとも言える。妄想を重ねる私の頭に、以前勤めていた会社の先輩の言葉が蘇ったのはそんなある日のことだ。その先輩は自宅から最寄の駅まで、自分の車で通っていたのだが、都市部で駅に近い駐車場なんて、料金はバカ高。それこそサラリーマンの給料じゃムリだ。いったいどこに車を置いているのか。私が尋ねると、先輩はこう答えた。

「平針駅(名古屋市天白区)の近くにユーストアってスーパーがあるんだけど、そこの駐車場は買い物客だけじゃなく、駅の利用者にも月極めで貸しているんだ。でも、車を停める位置なんて決まってないから、金なんか払わなくてもわからない。実際、オレはタダで停めてるしね。ま、あそこならーカ月放置したとしても、誰からも文句はいわれないだろうな」

先輩のことばを覚えていたのは、それがあまりにオイシイ話だったからだ。何かのときに使えるんじゃないか。何かのとき。それは、まさしく今このときなのではなかろうか。私の中で、銀行強盗がにわかに真実味を帯びてきた。
普段の生活パターンを絶対変えないこと

盗んだ車で銀行に乗り付け、金を奪う。車は、管理がずさんな、例の駐車場に乗り捨てればいいだろ、そうだ、あらかじめ駐車場には別にしておこう。車を乗り換えて逃げれば、さらにアシが付きにくくなるはずだ。

銀行は、駐車場からなるべく近いところを選びたい。逃げる際、当然車は目撃されるだろうし、警察も通報から10分程度で緊急配備を整えるに違いない。その網にかからないことを考えれば、やはり駐車場から5分以内の銀行に限られる。私は住宅地図を見て、国道153。互線沿いにある、地下鉄赤池駅正面の十六銀行に狙いを定めた。

同支店から例の駐車場までは西に約1・5キロ。道幅の広い国道沿いを選んだのは、もちろん逃げやすいと思ったからだ。銀行が決まったら、次は犯行時の道具選びだ。これは、後のことを考えれば、手に入りやすく、処分しやすいものが理想。やっばり包丁が手頃か。

ただし、へタに店で新口叩の刃物を買ったりしたら、そこからアシがつくかもしれない。ならば、家の台所にある出刃包丁を使おう。普段から嫁さんが使っており、根本に錆びが浮いてるような代物だが、脅すだけならこれで十分だ。あとは顔を隠すもの。防犯カメラに素顔が映っちゃオシマイだ。

顔を隠す主月色のストッキングと頭にかぶるニットの帽子、口もとを隠すタオル、黒いサングラスも用意した。まずサングラスをして、その上にストッキングをかぶる。さらに帽子とタオル。指紋を残さないよう軍手をわすれちゃいけない。私は、これらをできるだけ家の中から調達した。ストッキングは嫁さんの使い古し、軍手は庭の草むしりに使っていたもの。

現金を入れさせる無地の紙袋も押入に入っていたやつだ。出刃包丁と同様すべてアシがつくことを恐れてのことである。

「こりゃ庶民派だ」と思ったが、パクられたら元も子もない。さて、こうして着々と進めるうち、私なりに、強盗に関する点がはっきりと早えてきた。細かいことを除けば、とにかく次の3点が重要だろう。

①現場で押さえられない。

②計画中も犯行後も他人に一切話さない。

③決して、並最の生活バターンを変えない。

①は絶対条件。②も厳守しなければならない。そのためにも、犯行は単独でやり遂げる必要がある。③も重要なポイントだ

首尾よく金を奪えたとして、一気に使ったら怪しまれるのは必至。犯行後も、それまでと何ら変わらぬ暮らしをするのが大切だろう。生活パターンを変えないという観点に立てば、思い切って会社の勤務時間中に決行するのはどうだろう。

できれば、連休前がいいのではないか。連休前は銀行の口ビーにほどよく客がいる。さらに警察官だって人間だから、休みの前は仕事に身が入らないんじゃなかろうか。
計画は進み、道具も揃い、日時の目星も付けた。残るは銀行に乗りつける車をいかに盗むか。当然ながら、過去に車を盗んだ経験などない。が、それでもキーを付けっばなしの車が狙いやすいことぐらいは想像がついた。重要なのはスピードだろう。車を探す、見つける、右左前後確認、迷わず盗む。

迷ったら、目撃者に不審人物として覚えられるし、持ち主が帰ってきてモミ合いになる危険性も大だ。これを肝に命じ、近所の自宅でグレーのワンボックスを「えいやっー」と盗んだ。やってみれば造作もない。

あとは計画どおり例の場に置いた。ちなみに、このとき盗んだ車は金券屋の営業車で、中に現金が14万円放置されていた。その月の返済をどう乗り切るか、当てがなかった身にはまさに天の助け。が、そこで少し余裕の生まれたことが、私に改めて考えさせる時間を与えてしまう。

果たして、計画を遂行するのか、止めるのか。準備はすべて整ったのに、迷いが生じてきた。悩んだ。考えた。借金の支払日は、日に日に近づいてくる。払えるわけがない。どうするんだ。このままじゃ身の破滅。ゃるしかないんだ。私は自分で自分をどんどん追い込んだ。

そしてもう一つ、ちょうどそのころ、妻が妊娠していたのも私には大きなプレッシャーだった。2人にとって初めての子供。生まれてくるそのコのためにも、ここらで借金を帳消しにしておかなければ。今から思えばムチャクチャな論理である。

しかし、やるかやらないか、最終的に私を決断させたのは、想像すらできないものだった。ある晩、包丸なくテレビを付けたらWの悲劇という映画が放映されていた。薬師丸ひろ子が主演の、舞口女優を巡る話だ。最初はボーっと見ていたに過ぎない。が、いつのまにか画面に吸い込まれ、クライマックスを迎えるころにはすっかり感動している自分がいた。そして、私は薬師丸ひろ子の、「顔はぶたないでー」という台詞を聞き、決意してしまったのだ。

薬師丸ひろ子は、女優を演じきるプ口。ならば、私も銀行強盗を演じきってやる。皆さんには理解できないかもしれない。これから強盗をやらかす人間がそんなことを考えるものか、と妙に感じて不思議じゃない。だが、そのときの私はー本の映画に確かに背中を押され、その勢いで、最後の賭けに出たのだ。
盗難車を放置する際に使用したユーストアの駐車場。看板には「不法駐車厳禁」と
明記してあるが…

とりあえず明日の朝、犯行に使う車を放置した駐車場に行こう。盗んで10日近くたっているから、すでに警察に発見されているかもしれない。しかし、そこに車がまだあったら、実行に移そうじゃないか。どうにも気分が一

深夜1人で鏡の前に立ち、ストッキングを被る練習を行う。ぶっつけ本番で被って視界が悪いとどうにもならない。被って初めて、それがストッキングではなくパンストだと気ついた。脚の部分が2本、耳のようにびろーんと後ろに垂れている。カッコ悪いから、それを後ろで2本を結んだ。
5月2日。駐車場を見に行った。盗んだワゴン車は前と変わらぬ位置に放置されている。日常の生活を変えないという原則にのづとり、まずは出社お客廻りの予定を調整して、その日の午後に時間が空くようズ女ンュールを変更する。

お客廻りを終えたのが午後2時前。そのまま営業車で例の駐車場へ向かう車内で、スーツのネクタイを外し、シャツをズボンの外に出、靴をスニーカーに替えた。最初は着替えてから行こうかとも考えたが、それだと逃げる際、改めて着替えなくてはいけない。上着を脱ぎ、覆面をすれば、元がスーツ姿とは気つかれないはずだ。まもなく駐車場に到着。軍手をはめた後、盗難車のワンボックスへ移動。そこでサングラスをはめ、ストッキングを被り、ニットの帽子を被った。
心臓がバクバク鳴っている。誰かに見られたらアウトだ。変装を終え、バックミラーで自分の姿を覗き込むと、マヌケな姿が鏡に映った。こんな怪しい格好で車を運転して本当に大丈夫か。

いや、もう後戻りはできない。すでに、サイは振られだのだ。午後2時30分、銀行前に到着。そのすぐ前を東西に走る、名古屋市と豊田市を結ぶ国道153号線沿いに車を止めた。すべては計画どおりだ。そこからはイッキだった。

すぐさま車を降りて、銀行のドアに向かってダッシュ。刃を剥き出しの包丁を右手に、左手に現金を入れさせる紙袋を掴み、正面玄関へ飛び込んだ。左側の奥にカウンターがあり、窓口が見えた。右側にはキャッシュコーナーと客。とっさに行員の数を数える。力ウンターの前列に2人、後列に4人。全部で6人だ。包丁を持った右手で、ちょうど現金を引き出していた60代の女性客を横抱きにし、女性の首のあたりに包丁を突き付ける。
「動くなー殺すぞー」腹に力を込め、「殺すぞー殺すぞー」

出入口に一番近いカウンターの行員に左手で紙袋を差し出す。私の手はかすかに震えていた。人質の女性はアワアワとするだけでまったくの無抵抗。客はかたまったまま声も出さず、行内は静まり返っている。

行員がー万円札と千円札の束を幾つか袋に入れ、私に手渡す。気がつけば、驚くほど冷静だった。逃げなくてはならないリミットまでには、まだ少し余裕がある。私は行貝に袋を突き返し叫んだ。

「まだ出せー」と、そのときカウンターの奥から、ー人の男が現れる。支店長だろうか。なぜか手に竹刀、を持っている。必死の形相だ。が、ここで怯んだら負けだ。

「なんだ、それはー」ここ一番の一恐ロいを入れ声を張り上げる。ちょっと裏返った。あまり迫力はなかった。が、それでも支店長の動きはピタリと止まる。万事、こっちのペース。と思ったら、金を入れている行員が時間稼ぎのためグズグズしている。このヤ口ーあるアイデアが思い浮かんだ。

昔勤めていたビデオ制作会社で学んだ撮影のテクニック。カウントダウンに弱い人間の心理に付け込むのだ。

「5秒以内に入れろよ。殺してもいいのかー早くしろよ。5、4、3・」

カウントを始めると、案の定、行員が焦って手の動きを速めた。これは使えると、もっ一丁。「もっと入れろ15、4、3・・」これ以上は金が出ないと判断したところで、人質の女性を突き飛ばし、エンジンかけっばなしの車へと猛ダッシュ。

商店が立ち並ぶ賑やかな場所を、人をよけながらアメフト選子のように走る。何とか車までたどり着いた瞬間、顔が青ざめた。ワンボックスの後部座席のスライドドアが空けっばなしになっていたのだ。こうした方が逃げる際乗り込みやすいだろうと、無意識のうちに空けたままにしたようだが、それにしても迂闇である。
フルアクセルで153号へ出て、駐車場へと車を走らせる。帽子とストッキングは途中で外した。息つく間もなく駐車場に到着。エンジンを切り鍵は付けたままにして、自分の車に乗り替わる。よし、まずは一安心だ。会社に帰るまでにはまだ時間があった。

ここは、いったん自宅へ戻るつか。玄関前で追われていないかを確認、扉を閉めたところで、思わずガッツボーズが出た。

「よっしゃあー」身震いするのを噛みしめながら、現金を数える。一万円札の束が2つ、千円札の束が4つの計240方円。これで一発逆転、借金を返してもまだ余る。
会社に戻る途中、反対車線を猛スピードで走ってゆくパトカーとすれ違った。現場に向かっているのだろうか。未だ興奮状態にある自分を落ち着けるため、中区の若宮大通で一時停車。と、車中のラジオから、臨時ニュースが流れてきた。

午後2時半ごろ、十六銀行赤池支店に包丁を持った男が押し入り、客を人質にとって-聞いた範囲では、遺留品は何一つ残っていなかったようだ。

よしよし、いいぞ。何食わぬ顔で会社に戻り、仕事を続ける私。やがてタ方になり、マーケティングリサーチのため常時つけてあるテレビでニュースが始まった。

事件はトップで報道されていた。同僚が画面に釘付けになっている。やはり、現場にアシがつくものは残っていないようだ。

「逃げちゃったら捕まらないもんだよね」

同僚のー人が口にしたことばを聞いて、初めて余裕が出た。どころか、世間を騒がす事件をクールにやってのけた自分に誇りさえ覚える。そう、オレは銀行強盗を見事に完遂したのだ。

捕まるはずがない。証拠は何一つ残っていないのだ。安心して、今までどおり暮らせばいい。自分に言い聞かせるよういた。

普通の生活に戻って数日後、最寄りの警察署から突然ハガキが届いた。出頭要請の旨が書かれてあるが、詳しくは中身をめくらないとわからない。まさか・・・ハガキを机の上に置き、腕組みしながら考えること30分。腹をくくってハガキをめくると、何のことはない、交通遅反の件だ。思わず、笑いが漏れた。

考えてみれば、警察が銀行強盗をハガキで捕まえるわけがない。それでも不安になってしまうのが、罪を犯した人間の心理なのだ。結局、その後事情聴取はおろか、捜査の気配すらなかった。後で聞いたところによれば、警察は例の駐車場の近くにある地下鉄平針駅の切符をすべて回収して、指紋の採取に及んだらしい。

だが、私は地下鉄なんて使っていないし、指紋もいっさい残していない。いやそれ以前に生まれてこのかた警察に指紋を取られた経験など一度もないのだ。警察の捜査は、まるっきりムダだったといえよう。

奪った240万円は、もちろん借金の返済に充てた。一括で返済すると怪しまれるので、何回かに分けて完済。その後、余った金を持って遊びに出かけた。うまくいきすぎてる。我ながら思った。と、誰かに話したくなったっしゃべりたくてしゃべりたくて仕方ない。で、高級ソープで女のコに話してしまった。

「オレ、銀行強盗してお金作って来たんだよ」

笑いながら言うオレに、女のコも「まさか」と笑って返した。当然だ。誰がそんな冗談みたいな話を信じるものか。
戻った後は、また元の生活に返った。酒を飲み、パチンコを打ちたまに風俗で遊ぶ。サラ金にもまたぞろ手を出した。金を借りても、また強盗を働けばいい。あまりにうまく行きすぎたことで、変な自信が付いてしまったことも事実だ。いや、私はこのままでは必ず2回目の犯行に及ぶだろうと確信していた。

実際、名古屋市内を営業車で回っていると、自分でも無意識のうちに狙えそうな銀行をリサーチしてしまう。この銀行なら、どこに車を止め、どのルートで逃げるのが正解か停車している車を見たら見たで、ドアが開いてないか、鍵がかかってないか、盗めるかどうかをいちいち目で追いかける。正常な感覚は遠に失われていた。

いつのまにか、借金は300万を超え、その間に2人目の子供が生まれた。何かとかさむ育児費、生活費、そして迫り来る返済日への恐怖。私を取り巻く状況は、しだいに前回と似たようなものになっていった。

最初の事件からー年半が経過した11月。私は2度目の犯行に及ぶ。襲ったのは、名古屋市緑区の名古屋支店。今でこそ広範囲な住宅地になっているものの、当時その一帯はまだ緑の土地が多く、逃走に適していると考えたのだ。

まずは、昼過ぎに鼻宅の近所で鍵がついたままの白いワゴン車を盗み、襲撃の道具を用意。内容は前回と包丁、パンスト、タオル、軍手などなどっやはり、すべて家にあったものだ。

1回目の成功で慢心してたのだろう、その後私は前回のよつに駐車場で一度車を乗り換えることもなく、家から目的の銀行へ直行、すぐさま中へ押し入った。

西側の長椅子に座っていた40代の女性を羽交い締めにし、包丁を突きつけ大胆に叫んだ。「ー千万円出せー」無地の紙袋にー万円と千円の札束を詰めさせ、銀行の前に停めていた車で逃走。驚くほど心は平静である。
銀行側は死にもの狂いで私を追ってきた。行員が投げつけたカラーボールはオレンジ色の飛沫となってワイシャツにかかり、また別の行員が放り投げた手提げ金庫は、運転席にいた私にもわかるほどへこませた。

そんななかを私は必死に逃げまくり、最終的に銀行から1・5キロ離れた小高い山にある宅地造成中の茂みに放置。そこから徒歩でタクシーを探した。後から聞いた話では、その姿は女性の通行人にしっかり見られていたらしい。

「ハアッハアッ」と端ぎながら、大量の汗を流して走る私。彼女の目には、さぞ怪しく映ったに違いない。焦りながらも何とか拾ったタクシーで自宅へ。が、これまた無防備としか言いようがない。運転手に聞き込まれたら一発でアウトだ。ともあれ、自宅で金を数えた。今度は380万円。

私はそれを例によって何度かに分けサラ金に返済、余った金で一。事件は翌日の新聞に大きく報道された。が、そこに載っていた犯人の特徴は、170センチくらい、上着は白い作業着。

実際は身長が180センチ、服も作業着じゃなくて白いワイシャツ。手配されている強盗犯像と私とは似ても似つかない。目撃者の証言のいい加減さにあきれると同時に身の安全を確認し、思わず胸をなでおろす。

ちなみにこのとき、銀行の掲示板に貼られていた屍人の似顔越も、私とはまったくの別人だった。タクシーを探している際に目撃されたものだったのだろうが、そこに描かれていたのは、ふっくらとした男。実際の私は面長でかなり痩せている。
結局、現場から逃げ切れさえすれば捕まらないんだ。その思いは、もはや確信に変わっていた。
私はこうして2回にわたる銀行強盗を完遂したわけだが現場での実行時間はほんの、2分程度。全体にわたる記憶は薄い。逆に、その場面場面によって強い。たとえば人質の臭いなどだ。

こうなれば完全に正常な判断は出来なくなっていた。3回目の強盗を試みた時、車を奪う段階で警察に捕まった。ただこの時点では車の盗難のみで銀行強盗はやってない。軽い処分で済むだろうと思っていた。

しかし私はなぜ自分だけが他の留置人に比べ対応が違うのか、まるでわからなかった。ノンキな話ではあるが、自分が銀行強盗を働いたことなどすっかり忘れていたのだ。しかし、このとき採られた指紋が、2回目の銀行強盗の際に捨てた紙袋から採取された指紋と合致したと迫られたら万事休す。以後、連日にわたって厳しい追及が始まった。「やったのはオマエだろ。さっさと吐け」

ドラマや映画だけの話と思っていた世界は現実だった。机を強くバーンっと叩いて大声で怒鳴られる。女房と子供が泣いているぞ、と執揃に貴められる。シラを切る余裕などどこにもなく、私はすぐに2回目の犯行を認めた。刑事の追及はまだ終わらない。犯行の手口や犯人像、当時の借金の記録という状況証拠をがっちり押さえ「十六銀行もオマエだろ」と責めたててくる。結局、あえなく初回の件も自供、護送先の愛知県警で再逮捕されたのは9月のことだった。
刑期の半分で出ら」夢の大井刑務所

逮捕から1カ月後、妻が貿直所を訪ねてきた。

「なんで?」彼女はそういった後離婚したいと言った。当然だろう。事件のことも借金のことも、すべて内緒にしてきたのだ。妻にしてみれば、脳天を割られるようなショックだったに違いない。

私は、2人の子供を妻に託すことにして、素直に離婚に応じた。失うものは大きかったが、これも自業自得である。もう逃げる必要も、失うものも何もないのだ。私は公判で罪状をすべて認め、控訴もしなかった。結局、下った判決は懲役7年である。
服役後は、比較的恵まれた生活を送れたのではなかろうか。当初入った名古屋拘置所で、与えられたか雑役の仕事を真面目にこなしたせいか、その後、私は四国の大井刑務所へ移された。

刑務官の話では、ここは入れるのは全国数万人の服役囚の中でたったの50人。独1房も雑居房もなくしかも刑期の半分ほどで出所できる、塀の中の人間にとっては垂誕の的とでもいうべき場所だった。

私はそこで、一般の人たちと一緒に造船の仕事に携わるのだが、そのキビシサは想像を過かに越えていた。全寮制の体育大学に入った感じとでもいおうか上の人間に絶対服従の世界。寮から仕事場まで道具を担いでダッシュで通わされる。ちょっとミスしたり、モタモタしてると周りの先輩から大声で罵倒される。

最初はノイローゼになりかけたが、仕事を覚えいったん役職に就くと、ガラリと世界が一変する。荷物運びなど雑用はパシリが何でもやってくれ、それこそバラ色の生活をェンジョイできるのだ。

何といっても大井刑務所に入つてうれしかったのは、食事の待遇がよかった点だろう。半分は造船会社が経営しているぶん資金が潤沢で、一般の刑務所に比べ出される食事に天と地ほどの開きがあるのだ。

私の場答、大したレベルでもない生活を維持したいがために、犯行に及んでしまった。誰にでも、銀行強盗をしたころの私と同じ境遇に立つ危険ははらんでいるはぢが、強盗でもと頭をよぎったときは必ず思いだしてほしい。現場からうまく逃れても、結果的にそれ以上に大きな犠牲を払わねばならないことを。

私は3度目の強盗を犯さず、逃げた。捕まったら楽だろうな、という思いがあったのも事実だ。今からすれば、Nシステムを警戒して高速道路を使わなかった私が有料バイパスに乗ってしまったのもおかしな話ではある。

正直、捕まったときはホッとしたものだ。結局自分の力で何一つケリがつけられなくて、最終的には警察にケリをつげてもらった格好だが、それでもあのとき捕まらなかったら、どうなっていたか。想像するだけで、背筋が寒くなる。